ADRのニッチ
1月29日,大津の滋賀ビルで,棚瀬孝雄さん(中央大学法科大学院教授・弁護士)による,「ADRの現状と課題」というテーマでの講演会がありました。主催は,滋賀県司法書士会と近畿司法書士会連合会と滋賀県調停センター和(なごみ)の三者です。
非常に面白いお話でした。私にとっては専門領域の話で,棚瀬先生の見識の深さに随分感心しました。
ADRのことをよく知らないという人にはちょっと理解しにくい内容だったかもしれません。棚瀬先生,何気なしにネガティブなことをおっしゃるので,ちょっとハラハラしました。
棚瀬先生のお話,私にとって印象的だったキーワードを挙げると,「共同養育計画」,「ニッチ」,「苦情処理」,「対面性」といったところです。
・「共同保育計画」というのは,本題とは直接関係がないのですが,棚瀬先生が今取り組んでいることで,離婚時の単独親権制度の見直しに関することです。
棚瀬先生は,弁護士の実務の中で,子どもの養育のことを取り扱っておられますが,日本では,親と子どもが生き別れになってしまうことをとても悲しいと感じておられて,欧米並みに離婚時の単独親権の見直しをすることを政府に提言しておられるそうです。
棚瀬先生の案では,離婚前に予め「共同養育計画」を作るということです。そこでは話し合いが必要になってきますから,一定のスタンダードな教育を受けた人間がこれをサポートするという仕組みを作ります。
棚瀬先生は,その担い手は弁護士でなくてもよいのではないかと考えていて,むしろ心理学や子どもに関わる実務の経験が重要で,そういう教育を受けた人が適切だと考えているということです。
棚瀬先生の弁に拠れば,「これまでの発想を超えたところに社会のニーズがある。」ということです。
これは何ともダイナミックなお話で,また,ADRとも通底するものです。ああそういう発想があるんだ,と驚きました。
・「ニッチ」というのは,すき間ということですが,社会的なニーズというのは,既存のもののすき間にあります。ADRのニッチは,自主的解決と裁判の間にあるすき間であるが,現状では,当事者間での解決がつかなければすぐ裁判になるという状況で,ADRのニッチが狭められている,ということです。このすき間に,利用者にとってのメリットを見つけ,すき間を広げていくことが大事だと思いました。(それは当たり前といえばそうなのですが,何か目標が明確になった気がしました。)
・日本の認証ADR機関は,事件数が少ないというのが大きな悩みですが,「苦情処理」機関については,現状でもそれなりに事件があるそうです。私自身は,そういう苦情処理型のADRというのは,少し別物という見方をもっていましたので,そういうものにもう少し目を向けてみようという気になりました。
・棚瀬先生のお話の全体を通じて,棚瀬先生は,70年代のアメリカを発祥とする,対話促進志向のADRの理念に,「違う価値観同士が互いに尊重し,ルールを形成していくことへの魅力」を感じておられることが伝わってきました。
「紛争は病理ではない。正常な社会過程だ。コミュニケーションが回復すれば紛争は解決する。」
それは,ミディエーションの理念ですが,棚瀬先生ご自身の信念であるとも感じました。
コミュニケーションの回復のために,「対面性」は重要だと棚瀬先生はおっしゃいました。日本の裁判所の調停では当事者は別席でお互い同士顔を合わせることがあまりありませんが,同席で話し合うことが大事だということです。
日本社会は匿名性が強いけれども,そういうものを,ミクロなところからでも打破していけばよいのではないかと言っておられました。心強いですね。
・現状の日本で,ADRのニッチがよく現れているのは,「福祉型ADR」ではないかとのことでした。医療メディエーションや被害者加害者調停などですね。そこは目に見えて裁判の手が届いていないところだということです。なるほど,棚瀬先生はよく見ていらっしゃいます。
なかなか拙文では伝わらないかもしれませんが,棚瀬先生のお話,私はいろいろと刺激を受けました。
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