「かつどん協議会」原宏一著
3つの小説が収録されている。
表題作の「かつどん協議会」もそれなりに面白いが,むしろ「くじびき翁」,「メンツ立てゲーム」が秀逸だと思う。
「ロトクラシー」とか「謝罪士」とか,ちょっと有り得ない突飛な話だが,読んでいるとそう突飛でもないと思える。結構まともな政治制度論であり,文化論だなと思うのだ。
あまりまともに考えると,著者から「ただの小説ですから」と茶化されてしまいそうだが。
3つの小説が収録されている。
表題作の「かつどん協議会」もそれなりに面白いが,むしろ「くじびき翁」,「メンツ立てゲーム」が秀逸だと思う。
「ロトクラシー」とか「謝罪士」とか,ちょっと有り得ない突飛な話だが,読んでいるとそう突飛でもないと思える。結構まともな政治制度論であり,文化論だなと思うのだ。
あまりまともに考えると,著者から「ただの小説ですから」と茶化されてしまいそうだが。
昨年の1月に近畿司法書士会連合会のADR分野研究会で,奈良の吉田智弥さんという方から,「日本では『世間』という独特の精神性があって,それが紛争の解決と関係があるのではないか」というお話を伺いました。
それから,「世間」というワードに関心がありましたが,最近兵庫の乾さんからFBでこの本の紹介があったので読んでみました。
万葉集から吉田兼好,親鸞,井原西鶴,夏目漱石,永井荷風,金子光晴と,日本人が「世間」,「よのなか」をどう観てきたのかということが書かれています。
名著といえば名著なんでしょうが,正直私にはよくわからない内容でした。無駄話が多くて好きになれませんでしたし。
著者は社会科学者であるが,西欧の流れから来た「社会」という概念(自立した個人の集合としての社会)と日本人が日常意識として持っている「世間」とは全く異なるものでありながら,社会科学者がその違いをないものとして客観的に「社会」を論じることに違和感を持ったことから,この「世間」の考察をしたのだということらしいです。
私としては,鎌倉時代の法に「起請文失(きしょうもんしつ)」という条があったということを興味深く読みました。
刑事事件の被疑者が宣誓書のようなものを書いて,その後27日間の内に,鼻血が出たり烏におしっこをかけられたり近親に死者が出たり…ということがあれば,その宣誓書は虚偽とみなされるというような条項です。
とても不合理に思えますが,現在でも喪中欠礼という習慣は普通にあるので,現代人もその時代の精神性とは無縁ではないともいえます。
本書を読んでも,「世間」というのはよくわかりませんでしたが,今後の何かのヒントにはなるかもしれません。
中学3年から高校2年まで安曇川町に住んでいました。そこでは中江藤樹という人が敬われいるようでしたが,当時は何の興味も持ちませんでした。何をした人なのかも知らないまま何十年。
先日,図書館で童門冬二の「小説 中江藤樹」という本のタイトルを見て,急に興味が湧き,本を手にしました。
童門冬二氏の文章は少々くどいというか説教くさいというか,正直ちょっと退屈でしたが,読み進むうちに中江藤樹(与右衛門)という人への興味が増しました。
丁度,少し前に読んだ「天地明察」と時代が重なっているということもありました。
「天地明察」でも,戦国の世から泰平の世に移る新しい時代の武士ということが一つのテーマとして描かれていました。しかし,幕府への恭順を促す老中酒井の政策は肯定的に捉えられています。中江藤樹は,思想的にはこの政策には批判的な立場をとっており,その対比も面白く感じました。
江戸時代,「学問」といえば儒学を指したのでしょう。今の「学問」という語感とは随分違うかもしれません。西洋で謂う「哲学」ということになるでしょうか。
幕府の奨励する朱子学では,主君(その頂点としての将軍)に従順な者が善しとされている。近代的な主体-客体という捉え方でいえば,客体に全面的に規定される人間像がおかれている。これに対して,中江は,人の主体性の発揚ということを重視した。そんな風に私は解釈しました。
後に「近江聖人」と言われるようになった中江が何を考えたか,もう少し追ってみたいなと思います。
7月29日の「しが生活支援者ネットシンポ」の際,浜松から来ておられた伊藤正秀さんから購入した本。読んでみました。面白かったので紹介しておきます。
サポーターができるかっていうと,躊躇するけど。
「身体を通して時代を読む 武術的立場」(文春文庫)という本を最近読みました。
武術研究家の甲野善紀さんと武道家で神戸女学院大学教授の内田樹(たつる)さんの対談録です。
“最近”といっても,読み始めたのは半年ほど前で,1回読んだのですがあまり消化できなかったのでポツポツともう1回読んでみたという本です。
最近読んでいる本は,他に,「これからの正義の話をしよう」(マイケル・サンデル),「反幸福論」(佐伯啓思),「反哲学入門」(木田元)で,通底する内容があるなーと思いながら,それらもよく消化できておりません。
「身体を通して…」も,いわば反哲学だなと思います。近代科学的なものの見方に対する批判があって非常に面白いです。
私は数年前から,甲野善紀さんの身体操作術に興味があり,この方の著作を見つけるとつい買ってしまいます。「身体を通して…」では,対談相手の内田さんの切れ味のよい話に感心しました。
内田さんは,最近,朝日新聞の求人欄に「仕事力」という文章を4回シリーズで書いておられるようです。私は,紙面では15日に第2回目のが掲載されていたのを読みましたが,ウェブでは3回目までのが出ているようですね。
なかなか面白いです。
「身体を通して…」では,「『学び』とは別人になること」ということが論じられているところがあるのですが,第2回の内容と重なりますね。
「学び」とは別人になること。
京都司法書士会調停センターの設立記念シンポジウムで,和田仁孝教授が,スキルとは「知識・経験・適正に裏打ちされた能力,振る舞いを統合する非意識的能力と態度」であると話されましたが,それとも通じることだと思います。
あまり焦点の定まらない文章ですみませんが,新聞で内田さんの文章に接して,ちょっと書きたくなってしまいました。
宮部みゆきの「名もなき毒」という小説を読んでいます。
“読んでいます”というのは,まだ読んでいる途中だということです。
読んでいる途中に感想を書くというのも変ですが,ぐっと来るようなセリフがあったので,書き留めることにしました。
「その娘に,正義なんてものはこの世にないと思わせてはいけない。それが大人の役目だ。なのに果たせん。我々がこしらえたはずの社会は,いつからこんな無様な代物に堕ちてしまったんだろう。」
前後の脈絡がわからないと何のことかわからないでしょうが,小説の面白味を欠いてしまうので,説明はしないでおきます。
宮部みゆきの小説には,時折,はっとするようなセリフがあります。
「模倣犯」でも,正確には覚えていないのですが,「嘘は,どこかに行っていても,必ずそいつのところに返ってくる。」というようなセリフがあって,それがとても心に残っています。
おとぎ話の“教訓”みたいな感じでしょうか。
だいたいは,宮部みゆきのマジックにかかって(?),話に引き込まれて夢中になって読んでいるだけなのですがね。
作家・北森鴻の遺作となった,「暁英 贋説・鹿鳴館」を読みました。
「読んだ」といっても,この小説は未完なので,結末には辿り着いていないのですが。
北森鴻氏が亡くなられたということを私が知ったのはごく最近のことです。久しぶりにアマゾンで同氏の小説を何冊か購入したら,その本のカバーに「2010年1月25日逝去」と書かれていました。享年48歳だそうです。
私は,5年ほど前から北森氏の小説を愛読しておりました。亡くなってから1年半も亡くなったことを知らなかったのですから,ファンを自称する資格はないのかもしれませんが,文庫になった本はだいたい読みました。
北森氏の小説(ミステリー)は,プロットが見事で,結末のどんでん返しにいつも唸らされました。
どんでん返しのすごさという点では,「メビウスレター」が印象的でした。ちょっと設定に無理があるかなという難点はありますが,二転三転する結末には,ほんとに「してやられた」感じがしました。
「共犯マジック」の結末も,「あー,そう来るか!」とある意味感動的でした。
「裏京都シリーズ」の舞台となっている,京都・嵐山の千光寺にも行きました。3年ほど前にことです。返事が届くかもと,寺の帳面に北森氏宛のメッセージを書きましたが,返事はもうもらえないということですね。
「暁英」とは,鹿鳴館を設計したと言われるジョサイア・コンドルのことです。コンドルは,明治10年(1877年)に来日し,工部大学(現在の東京大学工学部)で建築家の養成するかたわら,数々の建築物の設計を行った人物で,67歳で亡くなるまでの40余年間を日本で過ごしました。
北森鴻氏は,幕末から明治の日本を舞台にした小説を好んで書いておられるようで,「暁英」もその一つです。北森氏が亡くなられた時,この小説は雑誌に連載中でした。すでにかなりの分量を書かれており,未完とはいえとても読み応えがあるものです。
北森氏の,この時代への思い入れが伝染するのか,コンドルや鹿鳴館への興味がふつふつと湧いて来ます。未完であるが故に,本当の“ミステリー”といえるかもしれません。
しかし,最後まで読みたかったですね。
もっと書いてもらいたかった。
遅くなりましたが,ご冥福をお祈りします。
宮本常一著「忘れられた日本人」(岩波文庫)を読みました。
読み終わったのは1週間ほど前なのですが,感想としてまとめるのが難しく,うだうだとしている間に時間が経ってしまいました。
ちょっとつかまえにくいですね。わかった気にはなれないです。宮本氏は民俗学者ということですが,奥深さというか広がりというかがとてもありそうです。
宮本常一という人を知ったのは,愛媛和解支援センターを通じてです。同センターは,松山の司法書士の松下純一さんが主宰する民間の調停(ミディエーション)機関です。「忘れられ日本人」でも,村の寄り合いのことが書かれていますが,そういう話し合いの文化を訪ねるツアーなどが和解支援センターで行われています。そういう話を聞いて,私も,宮本常一や「忘れられた日本人」に興味をもったわけです。
ですから,ADR的な関心としては,村の寄り合いに関してということになるのでしょうが,「忘れられた日本人」ではそれはごく一部の記述ですし,それ以外の記述があまりに面白いというか興味深く,未だに感想としてはまとまりません。
宮本常一は,昭和14年から日本全国を調査して歩いたということです。「忘れられた日本人」に出てくるのは,昭和20年代の半ばぐらいまでの調査かと思います。そこで,聞き取りをした古老の話が「忘れられた日本人」の中心をなしています。
語り手の古老は,幕末から明治,大正,昭和を生きてきた人々です。宮本による調査が行われたのは今から60年から70年ぐらい前,明治初年はそれより更に70年から80年前です。時間的には,近いような遠いような。しかし,その間に,社会は随分と変わってきたのだなあと思います。
古老の語る内容が,その時代の典型的なものであったのか,ごく特殊なものであったのか,それはよくわかりません。しかし,リアルにその時代が写し出されます。
われわれはどこに行こうとしているのだろう?「忘れられた日本人」を手に,この先何度か振り返ることになるのかもしれません。
私が一番気に入ったのは,このくだり
「人がほんとに住みついたのが明治20年頃,その頃には入江の向う側によく狐火がもえていたものでごいした。あんまり気持ちのええもんではなかった。それにまた,ほんに静かな晩に,天地もさけるような音のすることがあった。天道法師が飛行なさるのじゃろうなんどいうちょりましたが,明治30年頃になると家も百戸にふえ,その上紀伊の国からは毎年70ぱいくらいのブリ釣りが来るようになって,港はにぎやかになり,狐火も天道法師の飛行の音もせんようになってしまいやした。 やっぱり世の中で一ばんえらいのが人間のようでごいす。…」
そういう世界が本当にあったんだなあと。
ADR関連でもあります。
「子どもの心のコーチング」(菅原裕子著・PHP文庫)を読みました。
菅原さんは,「ハートフルコミュニケーション」というNPO法人の代表理事を務めておられます。
http://ys-comm.co.jp/heartfulcommunication.html
「私たち親が自分と子の「生きる力」をどう引きだすかを考える場、
そして、日々のコミュニケーションにおいて親が子をどう受け止めるかを学ぶ場を、
ハートフルコミュニケーションは提供します。」
という活動のようです。
「子どもの心のコーチング」も,そんな子育ての本です。
私には,中学1年生の双子と,4歳の,3人の子ども(全部女の子)がおります。子育てに,特に悩んでいるというわけではありませんが,子どもをどうそだてるかということには大いに関心があります。また,「コーチング」については,私はあまり知識はありませんが,ミディエーションと近い距離にあるという認識はあります。
そんなんで,この本を手に取りました。
「第4章 心を結ぶ聴き方・伝え方」で述べられている,「聴く技術」は,ミディエーションでの「傾聴」や「ブレーンストーミング」と共通するもので,私には馴染みやすいものでした。内容は省略します。
今回は,親=子育て実践者として,刺激を受けましたので,それを書き留めておきます。
私がこの本で特に学んだのは,「ヘルプ」でなく「サポート」をすること,責任=「反応する能力」を教えること,「叱る」ことをやめて「人の役に立つ喜び」を教えること,でした。
1 「ヘルプ」でなく「サポート」すること
菅原さんは,親の役割は,子どもを自立させる「サポート」をすることであると書いています。代りにやってあげるのが「ヘルプ」,できるようになるように援助してあげるのが「サポート」です。赤ちゃんのときは,親は完全な保護者で,「ヘルプ」しなければならないが,少し大きくなれば,「サポート」に移行していくことが必要だ。「ヘルプ」は,子どもの自立の邪魔をしてしまう。ということです。
確かにそうですね。また,言葉にすると簡単なようですが,今していることが,「ヘルプ」なのか「サポート」なのかということに自覚的であることが必要だなと思います。
私は,特に下の子への接し方として,周りから「甘いなー」と言われます。批判を込めた評価ですが,私自身はあまり素直に受け入れることはできておりません。しかし,その時,その時の子どもへの接し方として,これは「ヘルプ」なのか「サポート」なのか,見極めていかなきゃいけないなと思いました。
2 子どもに教えたい3つの力
菅原さんによると,親が子どもに教えるのは,「愛すること」,「責任」,「人の役に立つ喜び」だそうです。
親が子どもを愛するのは,無条件の愛です。子どもは,そこにいるだけで,親に愛される資格がある。親が無条件の愛で包んでやることで,子どもは自分を肯定することができ,自分を好きになることができる。
責任=responssibilityとは,「反応する能力」。日常の反応しなければならないことに対して,積極的に反応すること。自分の行為という原因に対して生じた結果を自分で体験させることで,その能力は育つ。
ほめたり,叱ったりすることでは,子どものやる気は育たない。人の役に立つ喜びは,副作用のないやる気の種。
というようなことです。以下,これについての私の感想です。
・無条件の愛というお話は,以前,臨床心理士の古宮昇さんからも伺ったことがあります。古宮さんの表現によれば,
「○○ちゃん。あなたは,△△ちゃんみたいに勉強もできないけれど,□□ちゃんみたいに運動もできないけれど,☆☆ちゃんみたいに■■できないけれど,…私はあなたのことが一番大切だよ。」
という愛情ということでした。菅原さんが書いておられることと同じ意味だと思います。
古宮さんは,子どもがそういう無条件の愛情を十分に受けていれば,その子は,真に自分自身のために生きることができると仰っていました。それはそうだと思います。
・「責任」を教えるという自覚が,私には薄いのかなと思いました。「甘い」と言われるのもそういうことかもしれませんね。「ヘルプ」と「サポート」の違いがここに出てくるということも言えるでしょう。
・菅原さんは,「叱ること」に否定的です。叱ることが必要なのは,子どもが危険なことをしたときだけで,それ以外は,親の怒りをぶつけているだけだということです。
私は,それまで,「怒るのではなくて,叱ることが必要です。」などという警句を聞いたことがありましたが,「叱る」ことを否定するというのはちょっと意外でした。
菅原さんは,「禁止語と命令語は使わない」と書いていますから,そういうレベルで,強制的に子どもを従わせようとすることを否定しているということですね。
これは,なかなか難しいですが,やってみようと思います。
・ほめるということにも,菅原さんはちょっと否定的ですね。「ほめられるためにする」というような副作用があるといいます。なるほどという感じです。
・「人の役に立つ喜び」を教えるには,子どもが何かをしてくれたときに,それによってどういう気持ちになったかを伝えてあげればよいということです。
「えらいね。」ということではなく,「ありがとう。助かったよ。」とか,こちらがどういう影響を受けたかということを伝えることで,「人の役に立つ喜び」が育っていくということです。
「あなたメッセージ」ではなく,「私メッセージ」ですね。
これはもう,即実践です。なかなか大変ではあるかもしれませんが。
実は,早くも(?)実践の課題が登場しました。
こども園に,決まった時間に登園するという課題です。
みゆ(4歳)は,こども園(保育園と幼稚園が一緒になったもの)に通っていますが,いつも遅刻をしています。いつも「こども園嫌い。」とか言っており,登園の時間をなんとか引き延ばそうとしているのか,毎朝グダグダとしてしまいます。私も,みゆのグダグダに付き合ってしまい,遅刻を容認してしまっておりました。
今朝,担任の先生に,「朝から外で活動することが多くなりますので,もう少し早く登園して下さい。」とダメ出しをされてしまいました。
当たり前のことではありますが,定時に登園するという課題をクリアしなければなりません。
これは,親だけが努力すればできることではなく,みゆ自身に理解してもらい,取り組んでもらわなければいけない問題です。
遅刻をすると,みんながどう困るのか。遅刻しないためにはどうしたらいいのか。今日は,家に帰って,みゆと話し合いをしないといけません。
どうなりますやら?
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